偶像たちが目にしみる

あなたに心奪われながら 僕は生きてもいいですか

トゥルーエンドはまだ遠く

※この記事はドラマ『MIU404』と映画『青くて痛くて脆い』の内容に言及しております。ネタバレを回避したい方はご覧にならないことをお薦めします。

 

 

先日、最終回を迎えたTBS系ドラマ『MIU404』。
作品を通して鍵となったのが「スイッチ」という言葉。

 

 

正しい道に戻れる人もいれば、取り返しがつかなくなる人もいる。誰と出会うか、出会わないか。この先の行き先を決めるスイッチは何か。その時が来るまで、誰もわからない。
ー第3話・志摩一未

 

 

人生の限り続いていく出逢いと選択の連鎖。
MIU404とは、迷いながら悩みながら、その数多の選択という名のスイッチの正しい方を押し続けて来られた人たちの物語だ。その結果が、何も気にせずハムちゃんとゆたかと外食を出来るようになった桔梗隊長、事故から快復した陣馬さん、警察庁で改革を進める九重、今もバディとして街を巡回する志摩と伊吹。

 

対して、『青くて痛くて脆い』は言うなれば、「スイッチを押し間違えてしまった」者たちの物語ではないだろうか。


監督もスタッフもキャストも全く異なる作品同士でありつつも、相反する結末を迎えたこの作品と同時期に出逢えた巡り合わせを噛み締めている。

青くて痛くて脆いが「スイッチ」の物語であると気付いたのが、クライマックスでの楓の回想シーンである。秋好やテン、菫介たちとの楽しい大学生活=スイッチを正しく押せた世界が美しくスクリーンに広がる。しかし儚くも、真っ暗な部屋で独り涙を浮かべる、スイッチを押し間違えた現実世界の楓にカットが切り替わる。

 

楓にとってスイッチは幾らでもあった。
ボランティアのイベントで秋好に今のモアイをどう思うか話を振られた時。
食堂で秋好と会った時。
秋好から着信が来た時。
秋好が残した留守電を聞いた時。
その全てのスイッチを押せないまま迎えた結末。

 

また、楓がモアイに残っていれば情報漏洩の騒動にも至らなかったかもしれない。
原作未読なのでここの真犯人と動機が謎だった。全くのでっち上げなら100%楓のせいだけど、講堂のシーンは秋好も楓をそこまで糾弾できる立場ではないのでは…楓がやらなくても遅かれ早かれ別の誰かに暴かれてただろうし。

 

楓の告発によりモアイは解散、最悪の結末…と思わせてシーンは1年後に飛ぶ。


児童養護施設と思われる場所で働く楓。子どもから「師匠」と呼ばれるその姿が、学生時代の鬱屈とした雰囲気から脱したことを物語っている。
川原は元モアイの有志と新たな団体を立ち上げ、イベントに楓を招待する。
その帰りに楓はある人物を街で見かけ、勇気を振り絞って追いかけるーーー…………。

 

スクリーンの暗転と共に流れ出す主題歌は、エンディングテーマというよりかは、新しい物語のオープニングテーマのように感じた。

 

 

人生に数多とある分岐点。ドラマのようなトゥルーエンドに辿り着けるスイッチは私たちの世界には存在するのだろうか。
もし、スイッチを押し間違えてしまった時、どう立ち上がればいいのか。この『青くて痛くて脆い』は、一旦バッドエンドを迎えた側の人間の背中を押す作品だった。

 

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★MIU404公式サイト

https://www.tbs.co.jp/MIU404_TBS/

 

★青くて痛くて脆い公式サイト

https://aokuteitakutemoroi-movie.jp/sp/index.html