偶像たちが目にしみる

あなたに心奪われながら 僕は生きてもいいですか

悲劇上等(ドラマ『獣になれない私たち』によせて)

ドラマ『獣になれない私たち』を観終わった。

 

個人的には、今期で、というか、今年放送された作品の中でもトップだったと思う。 内容然り、タイミング然り。 つくづくズルい。 『逃げ恥』、『掟上今日子』、『空飛ぶ広報室』、『アンナチュラル』などなど…野木亜紀子さんの脚本は、軽妙で知的な会話のキャッチボールの中に、じわりじわりと手繰るように伸ばしてきた(或いはこちらが引き寄せられた)手で最後のキワッキワで現実を突き付けてきて喉元を圧迫して、最終回になってパッとその手を離したかと思えば指並み揃えて差し出してくる。どれだけ詰めても結局は物語だよ、リアリティはあるけどリアルじゃないよ、としらを切られた気持ちになる。 このラストの寓話的な着地は、結局ドラマの御都合主義かよ!と下手したら全てを台無し駄作にする諸刃の剣だけれど、この人のシナリオはその塩梅を的確についてくる。 そこがずるい。体操だったら金メダルだし、恋だったら完落ちだ。 恐らく『救いすぎない』のがミソなのかもしれない。

『獣になれない私たち』の晶と恒星は、それぞれ仕事を失って終わる。2人の関係性に希望を持たせるラストだったけど、その後結婚して幸せに暮らしましためでたしめでたし、と事が進むかといったらそうはならない気がする。し、それが晶と恒星にとって最良のハッピーエンドととなるかというのもまた疑問である。

だけど、鐘の鳴らない教会の前で、指を絡めて幕を下ろしたこの物語は、間違いなくハッピーエンドだった。 新しいタイプの心中だなと思った。指を絡めた瞬間、これまで自分を殺したり、抑えたり、繕っていたりした2人は死んで、ここから新しく生まれ変わるのだろうなと。

カイジが呉羽に言った言葉のように。

最終回まで観終えて、ふと浮かんだのは又吉直樹さん『火花』のこの一節だった。

 

生きている限り、バッドエンドはない。

 

この『火花』という小説の中でも凄く好きな一文。 テーマも内容も全く違うけれど、この『獣になれない私たち』という作品にも、これに似通った軸がひとつ通っていたのではないかと思う。このドラマでは登場人物みんながそれぞれ辛い経験をしてきた。けれど、その中で死を選んだ人はいなかった。 電車のホームに飛び込みそうになった晶、税理士事務所を撤退した恒星、会社から姿を消した朱里、自信をなくした上野、災害をきっかけに仕事と家族を失った陽太(恒星の兄)。

辛いけれど、みんな生きている。

ここで終わったらバッドエンドかもしれないけど、生きているからまだ結末は分からない。どれだけドン底であろうと、生きている限り、これからきっとハッピーエンドに、きっと、変えていける。

この物語にはシンデレラも王子さまも白馬も決して出てこないけれど、そういう『力』を与えてくれる作品だった。

 

やたら世間ではなにかにつけて『平成最後』と冠し人々を急かすことが増えた。別にこの元号が最後なだけで、私の人生は滞りなく続く。続いてしまう。

願わくば元号とともに、ぱっと目が眩むくらい急展開な世界の変動に巻き込まれてみたい。でもそんなことはない。あるのは地続きの日常だけ。 相変わらず言いたいことは喉の奥にしまってばかりだし、気遣いが下手くそだし、仲良くなりたい人といる時に限って何も話せなくなってしまう。

 

2018年も終わるし、平成も終わる。ただ続くこの日常を、獣どころか、人間にもうまくなりきれないまま、続けてゆく。

 

どこかで鐘の音が鳴るのを、ひそかに待ちわびながら。