偶像たちが目にしみる

あなたに心奪われながら 僕は生きてもいいですか

リア恋がわからない

今日もまた泣きながら帰っている。

 

家には家族がいるから、心配させないように、目の赤みが治まるまで少し外で風に当たる。私なんか、がアクセス殺到する頭を冷やす。

 

丁度いいから、君のことを考えたい。

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リア恋、という言葉がある。

 

リア恋枠

アイドルのうち、もっぱら憧れや羨望の対象としてのみ捉えるのではなく、実際に交際したいという思いを募らせてしまうような現実的な恋の対象として捉えられるアイドルを指す言い方。

リア恋枠の意味や使い方 Weblio辞書

 


…………。

 

辞書をひいてもわからない。

てかそれでわかれば苦労しない。

 

リア恋が、わからない。

 

リア恋と名高いアイドルを自担に持ちながら、リア恋が、わからない。
それって何だか、損をしている気がする。
食べ物の一番美味しい食べ方を知らないまま、別の調味料をドバドバかけて食ってるみたいな感じがする。

 

わかりたい。
リア恋をわかりたい。

 

それを紐解いて理解するということは、自担を理解するということに繋がるような気がする。

 

 

髙橋担になって、なんやかんや1ヶ月が経つ。未だに、自分の中で髙橋優斗くんというアイドルをどういう視点で応援しているのか、それが定かではない。年下の彼氏?弟?後輩?クラスメイト?友達?
色々当てはめて想像しても、内心どれもピンと来なかった。単に気になるJr.だった時期は弟扱いしてたけど、担当になったら段々そういう視点がなくなっていった。自担の画像とか見てウワめっちゃ恋だわとかすぐ言うけど、ただ恋という単語の便利さに甘えている節がある。恋に失礼だな…。

 

答えはひとつ。

 

私は自担を「自担」としか見ていない。

 

というか、見れない。

 

何故か。

 

 

敢えてオブラートに包まず言うと、現実の知り合いに自担がいたら、心底苦手だろうな、と思う。


それは優斗くんがどうこうではなく、あくまで私の性格の歪みによるものである。
私にないもの、私が喉から手が出るほど欲しいものすべてを、髙橋優斗くんは持っている。


こんなキラキラした人が身近にいたら、劣等感しか感じないと思う。恋なんて以ての他で、近付くことすら申し訳ないと思ってしまう。

会話のすべてが噛み合わない気がする。

意見のすべてが相容れない気がする。

その上彼はそんな噛み合わない会話も相容れない意見も受け止めて、さっと魔法みたいに、こちらが気付かないくらいに自然にかわしてくれそうな気がする。それを私はこの人とは話がよく合うな…と勘違いしてしまう気がする。

そんな気がする。それが怖いし、そういうことが出来る人のことをわたしはめちゃくちゃ好きになるか、その技術に畏怖してしまう。

 


きっと、彼をリア恋と言える思えるのは、適切な自己肯定感を持って生きてこれた証なんだろう。それってめっちゃ特権だ。誇って欲しい。自担をリア恋と思えることもまたひとつのオタクとしての才能だと思う。

担当の宣伝が出来る才能。的確なレポが出来る才能。心を打つブログが書ける才能。グッズを手作りしたりアレンジできる才能。ダンスをコピー出来る才能。リア恋できる才能。オタクには色々な才能が存在する。

ただこういうひとモテるんだろうなーというのはわかる。それをときどき自分から言っちゃうところもすき。「ジャニーズに入る前、僕を見ようとして女の子が集まっちゃったことがあります」最高だ。好きになったらその人しか見えないとか、彼女になってから優斗って呼ばれたいとか聞いても、ときめくより先に「しっかりした青年じゃないか…」と感心してしまう(お父さん?)


最近やっとぴったりはまった想像ができたと思ったらこれである。

#Jr.で被害妄想

 

だかしかしBut優斗くんはアイドルである。近付けないのは当たり前だし、劣等感なんて感じる必要がない。むしろ自分からかけ離れた輝きを感じるほど強く惹かれていく。

年齢が少し離れているというのも大きいけれど、やっぱり自担と付き合いたい、結婚したい、という思想は私にはなかなか芽生えないなぁと思う。

 

ただ、笑っていてくれたら幸せだし、(あまり見たことはないけど)しんどそうなのはこっちも辛いし、逆に自分がしんどい時は自担の名前を呼びたくなるし、姿を思い浮かべては優斗くんが頑張っているから私も頑張りたいって勇気をもらうし、滅多に無いけど褒められた時は脳内で自担とハイタッチする。髙橋担という肩書きに恥じないように、元の素材の限界はありつつ微々たる努力ながらもメイクや服装も頑張っている。

 

 

一緒に文化祭まわりたいとか、野球部のマネージャーとして支えたいとかもない。

美味しくて栄養のあるものを食べて欲しい。
仕事でもプライベートでもいいからいろんなところへ行っていろんな景色をみて欲しい。
寝て欲しい。
どんなブランドでもいいから好きな服を着て欲しい。
アイドルの仕事が忙しくてそれどころじゃないかもしれないけど、それなりに大学生活も謳歌して欲しい。
良い先輩や仕事仲間に恵まれて欲しい。
そんで、なんだかんだアイドル楽しいなって思ってくれたらそれより嬉しいことはない。

 

そういう「欲しい」が先走ってしまう。

 

端からみればこれも恋だろうか?

それすらもよくわからない。

 

 

結局リア恋とやらの意味を掴めないまま、私は髙橋優斗くんのオタクを続けてゆく。

 

 

願わくば大好きなこの男の子に、溢れんばかりの幸福がそそがれる未来を、切実に、祈って。

 

18歳の髙橋優斗くんを、あますことなく慈しんで、 19歳の髙橋優斗くんに会える日を心待ちに、今日もわたしは涙をかわかして、明日の支度をする。

 

 

Withの年下斗選抜おめでとう。たのしみ!